2011年5月 国土交通省自動車局は、事業用自動車(バス、タクシー、トラック)の点呼におけるアルコール検知器の使用を義務化しました。
この記事では、当時の「アルコール検知器義務化」の経緯および、あれから10年、「事業用自動車 飲酒運転根絶」は達成できたのか? ビフォーアフターを検証したいと思います。
プラン2009
2007年当時、事業用自動車における飲酒運転違反数は、100件ほどでした。
この頃はまだ2006年8月の福岡の飲酒運転事故の余波がまだ社会にあり、一般ドライバーの飲酒運転は着実に減っていました。
一方、本来、率先して「ゼロ」でなければならないと社会が期待しており、かつ根絶を目指しているはずの自動車運送業界はどうであったか?
福岡の事件のあと、バス、タクシー、トラック等事業自動車業界におけるプロドライバーの飲酒運転違反数は・・・。
検討委員会は、こう総括しています。
『平成19年は、自家用、事業用ともに減少したが、事業用の減少が鈍い傾向がみられる』
このことから、国土交通省自動車局は、事業用自動車による飲酒運転ゼロ政策を掲げることとなりました。
強調しなければならないのは
・プロドライバーによる飲酒運転死亡事故ゼロ
・プロドライバーによる飲酒事故ゼロ
ではなく
・プロドライバーによる飲酒運転違反ゼロ
であったという点です。
福岡の事件が起きたのが2006年8月です。その後の推移は
「2007年103件→2008年76件」と示されています。
プラン2009で掲げられた「飲酒運転根絶」とは、「2008年時点で76件であるプロドライバーの飲酒運転は2019年に0件」、これが効果・結果指標ということになります。
さて、2009年当時、市場には簡易型アルコール検知器や、携帯電話と接続して使用する検知器、記録型・設置型アルコール検知器、車載型アルコール検知器等、さまざまな機種が存在していました。
では、どういう機器が、点呼で使用すべきアルコール検知器か?
プラン2009公表前の検討会では、以下のような事例が報告されています。
時系列でいいますと、2007年3月26日から、すでに「IT点呼」制度自体はスタートしており、アルコール測定結果は記録が残るものであること、このような既成事実がありました(「貨物自動車運送事業輸送安全規則の解釈及び運用について」の一部改正について(国自貨通達165号)。
「(省略)乗務前点呼及び乗務後点呼において、当該運転者の酒気帯びの状況に関する測定結果を自動的に記録及び保存することで当該運行管理者等が当該測定結果を確認できるものをいう」
当時(今もですが)、IT点呼機器は、アルコール測定結果は自動的に記録が残ることとされました。IT点呼においては、記録型のアルコール検知器しか認められなかったのです(今もそうです)。
当時、このような概念、制度設計が既成事実としてありましたので、対面点呼や電話点呼で使用するアルコール検知器も、「点呼記録簿は1年保存すること」同様、機器が記録したアルコール検知器の結果も、運輸安全規則上の記録になるものだと当社は想定していました。
もっといえば、これを機に、
「IT点呼の記録保存+アルコールチェック結果の記録保存」(デジタル)
↓
「対面点呼の記録保存+アルコールチェック結果の記録保存」(デジタル)
「電話点呼の記録保存+アルコールチェック結果の記録保存」(デジタル)
「IT点呼の記録保存+アルコールチェック結果の記録保存」(デジタル)
一気に、運輸局が検知器の使用状況をチェックしやすい「点呼記録のデジタル保存」、「アルコールチェック記録のデジタル保存」へ、舵を切るのかな、という想定すらしておりました。
2010年、アルコール検知器義務化パブリックコメント
2010年1月に公表された改正案は、このようなものでした。
旅客自動車運送事業運輸規則及び貨物自動車運送事業輸送安全規則
の一部を改正する省令案並びに関係通達の改正案について
https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000064011
・点呼でアルコール検知器を使用し、記録しなければならない
・電話点呼の時、携行したアルコール検知器を使用し、記録しなければならない
・アルコール検知器は、常時有効性が保持されていなければならない
当時、点呼で使われるべきアルコール検知器の性能要件について、当社もパブリックコメントで意見を出しましたが、ほかにも業界関係者・消費者で性能要件について声をあげたひとがいたようです。
しかしながら、国土交通省自動車局の回答は、いずれも、当面「性能面に関して特別な要件は課さない」
https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000064013
というものでした。
2011年5月1日 点呼規則の改正(輸送安全規則7条、運輸規則 24条)
2011年、東日本大震災に見舞われたため、本規則改正は一ヶ月遅れの2011年5月1日に施行されました。
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03alcohol/index.html
法令における「アルコール検知器」の性能定義については、国土交通省告示第485号により定められました。
<国土交通省自動車局が定めるアルコール検知器 2つの要件>
1.呼気中のアルコールを検知するもの
2.アルコール有無又は濃度を、警告音で示す機能を有する
2.アルコール有無又は濃度を、警告灯で示す機能を有する
2.アルコール有無又は濃度を、数値で示す機能を有する
(濃度指示は、音、ランプ、数値いずれかであれば良い)
これが、自動車局が定めた、唯一の、アルコール検知器の性能定義です。
点呼とアルコール検知器の関係は、以下の文書でほぼすべて定義されています。
○貨物自動車運送事業輸送安全規則の解釈及び運用について(令和1年10月31日)
○旅客自動車運送事業運輸規則の解釈及び運用について(平成30年4月20日)
「酒気を帯びた状態」とは、道路交通法施行令(昭和35年政令第270号)第44条の3に規定する血液中のアルコール濃度0.3mg/mℓ又は呼気中のアルコール濃度0.15mg/ℓ以上であるか否かを問わないものである。
(1) アルコール検知器は、アルコールを検知して、原動機が始動できないようにする機能を有するものを含むものとする。
(2) アルコール検知器は、(7)の場合を除き、当面、性能上の要件を問わないものとする。
(3) 「アルコール検知器を営業所ごとに備え」とは、営業所若しくは営業所の車庫に設置され、営業所に備え置き(携帯型アルコール検知器等)又は営業所に属する事業用自動車に設置されているものをいう。
「アルコール検知器を用いて」とは、対面でなく電話その他の方法で点呼をす
る場合には、運転者に携帯型アルコール検知器を携行させ、又は自動車に設置されているアルコール検知器を使用させ、及び当該アルコール検知器の測定結果を電話その他の方法(通信機能を有し、又は携帯電話等通信機器と接続するアルコール検知器を用いる場合にあっては、当該測定結果を営業所に電送させる方法を含む)で報告させることにより行うものとする。
営業所と車庫が離れている等の場合において、運行管理者等を車庫へ派遣して
点呼を行う場合については、営業所の車庫に設置したアルコール検知器、運行管理者等が持参したアルコール検知器又は自動車に設置されているアルコール検知器を使用することによるものとする
2013年 遠隔地におけるアルコール検査の実効性向上策の実施
https://www.mlit.go.jp/common/001021980.pdf
これは、バス・タクシー・トラック事業の運転者が、所属営業所以外の営業所においてアルコール検査を行う場合の、施策です。
いったい、10万にも及ぶ事業所のうち、共同運行やドライバーの立ち寄りが行われているケースがどれくらいあるのでしょうか? どうやら検討会ではアルコール検査の実効性があがる、と期待されたようで、2013年12月に、規則のマイナーチェンジが行われました。
・運転者が、遠隔地であって同一事業者の他の営業所又は共同運行事業者の営業所等(以下「他の営業所等」という。)において乗務を開始・終了する場合には、他の営業所等の運行管理者等の立ち会いの下で検査を実施するよう指導することとする。
・これに合わせて これまでの検査方法は引き続き有効としつつ新たに他の営業所等において乗務を開始 終了する場合には他の営業所等に備えられたアルコール検知器(一定の性能要件に限定)を使用する方法を認めることとする。
このとき、自動車局は、アルコール検知器の性能について、言及しています。
【性能要件について】
他の営業所等のアルコール検知器の性能要件は以下のとおりとする。
イ 常時営業所に設置されており
ロ.検査日時及び測定数値を「自動的に」記録できるもの
(所属営業所は一定期間ごとに測定結果の確認等を実施)
IT点呼はじめとして、部分的にこのような「測定数値の記録」という要件定義をしています。
プラン2020、飲酒運転根絶政策は?
2017年3月 プラン2009の結果を総括し、あらためて2020年までの目標が掲げられました。
<飲酒運転等悪質な法令違反の根絶>
プラン2020本文より
飲酒運転や覚醒剤・危険ドラッグの服用は、その行為自体が反社会的であ
り、事業用自動車の運転以前の問題として、厳に行ってはならないものであ
る。しかしながら、事業用自動車の飲酒運転による人身事故は、平成28年
時点においても、いまだ54件発生しているほか、事業用自動車の運転者に
よる覚醒剤や危険ドラッグの使用事案も発生している。
また、近年、事業用自動車の運転者が乗務中に携帯電話やスマートフォン
を使用する事案が多数発生しており、その結果、悲惨な死亡事故も発生して
いる。
このような悪質・危険な違反行為は、重大な事故につながる可能性が高く、運転者個人の責任にとどまらず、会社及び業界全体の信用失墜につながることを事業者は肝に銘ずるべきであり、事業者は、運転者がこのような行為を行わないよう継続的・反復的に指導監督を行うとともに、行政は違反に対する厳格な処分を行う必要がある。
また、このような行為の背景に医学的・心理的な依存等の事情がある可能
性もあり、指導・処分だけでは絶無を期すことはできないと考えられること
から、事業者において、点呼時等における飲酒検知はもとより、所持品を確
認し、携帯電話・スマートフォンを所持させる場合は運転席から届かない場所に保管させる等の運行管理を徹底するほか、アルコール依存症等の検査及びその結果に応じた医学的知見を踏まえた対策についても検討する必要がある。
プラン2009,プラン2020の結果は?
アルコール検知器の義務化、実効性向上、ICTの活用・・。これらの施策は、「飲酒運転根絶」にどれくらい効果があったのでしょうか?
・ビフォー:アルコール検知器義務化 84件
・アフター:アルコール検知器義務化から10年 56件
プラン2009,プラン2020の検討委員会に是非問いたいところです。
アルコール検知器の義務化の内容は、あれで足りていましたか?
実効性向上の内容は、どれほどの効果を期待していましたか?
バス、タクシー、トラック併せて10万もの事業者がアルコール検知器を所有しながらの10年、半減にいたらず、さらに言えば、最終年度に前年比増・・・、想定されていましたか?
次期プラン2030? どうなる?
2020年10月現在、おそらく、2021年3月に公表される「事業用自動車総合安全プラン2030」(こういう名称になるかわかりませんが)の策定のさなかにあります。
令和2年度第1回「事業用自動車に係る総合的安全対策検討委員会」の開催
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001351550.pdf
第一回目の検討会において、飲酒運転に関しては、このような総括となっています。
おそらく、今度の飲酒運転根絶施策は、プラン2009やプラン2020でかかげられた手段ではない、抜本的な、かつ、大胆な施策となるでしょう。
おそらく、不都合な真実も明らかにして、エビデンスベースドにならないと、「同じような施策でがんばる系」か「さらなる罰則強化系」の施策にならないかもしれません。
まずは、エビデンスベースドなポリシーメイキングのため、以下を提言致します。
- アルコール検知器を事業所に備えていない行政処分の数と事業者規模、Gマーク有無、IT点呼体制の有無
- アルコール検知器の有効性保持義務違反の行政処分の数と、事業者規模、Gマーク有無、IT点呼体制の有無
- 飲酒運転事案における当該事業者の規模とGマーク有無とIT点呼体制の有無
- 飲酒運転事案における当該事業所の点呼未実施数(検知器未使用点呼数)
- 飲酒運転事案を事業用自動車事故調査委員会並の聞き取りをする
- 飲酒運転事案における、その事案当日における点呼有無、検知濃度(高いか低いか)、睡眠時間、飲酒量の把握
- 飲酒運転事案における当該事業所の、飲酒に関する指導教育の有無(状況把握)
- 上記観点で、事業所規模、Gマーク有無、点呼体制、教育体制、アルコール検知器の運用体制の相関関係の精緻な分析
これらは、国土交通省・運輸局は、把握しておられるのではないでしょうか?
また、次期プランにおける飲酒運転ゼロ施策にあたっては、単純に言って、まず第一にテーブルにあがるべきFactではないでしょうか?
さらに、上記の調査結果を確認しつつ、以下のような具体的な提言を致したいと思います。
- 毎年のアルコールスクリーニングテストの義務化
- 毎年のアルコールスクリーニングテストの運転台帳への記載義務(輸送安全規則9条、運輸規則第37条の改正)
- 運転者選任届け出時、アルコール教育の受講義務化(指導監督条項とは独立させる)
- アルコール検知器の電子記録の義務(運行管理者業務のデジタル化、監査時の事後チェックの証憑観点)
- IT点呼をすべての事業者が使えるようにする(飲酒確認の証憑が残る点呼数・率が上がる)
- 「事故防止対策支援推進事業」IT点呼・遠隔地IT点呼の助成金枠の増額
- 増額助成金は、IT点呼実施数=アルコール検知器使頻度の証拠をもって支給される
- 飲酒運転事案が発生した事業所には、行政処分として、「アルコールインターロック装置を強制装着」させる。(違反者モデルの、商用車版規制の創設=おそらく世界初の試み)
- アルコールインターロック装置の使用状況を、運輸支局へ毎年提出する
- 運輸支局は、アルコールインターロック装置の払い込み代金のうち、15%を、飲酒運転被害者団体へ寄付することとする
- 点呼直前にアルコールチェックで酒気帯びが確認されたドライバーへの教育の実施履歴の義務化と、当該義務違反の罰則強化
他国の交通政策、アルコールインターロック政策、運輸規則を俯瞰しながら考えますれば、行政、事業者、飲酒運転防止装置メーカー、過去の被害者、未来の被害者、それぞれにとってWin-Winとなる施策であると確信しております。
本記事は、責任をもって、署名記事とさせていただきます。
ASK認定飲酒運転防止インストラクター
静岡県安全運転管理者向け法定講習 アルコール教育講師
運輸安全ジャーナル 編集長
東海電子(株) 杉本哲也
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