先日6月30日、事業用自動車の事故調査委員会の報告書が3件公表されました。
以下はそのうちの1件、タクシードライバーが運転中にくも膜下出血症を発症し、青信号で横断中の歩行者に衝突し、4名が死傷した事故です。
タクシードライバー本人も、事故の2ヶ月後亡くなっています。事故時73才。
<概略>
・令和3年1月4日19時01分頃
・東京都渋谷区の国道20号。
・タクシーの運転者が運行中にくも膜下出血を発症し、事故発生の約10分前から身体に異常をきたす。
・さらに、事故発生の約6分前からは安全な運転ができない状況になりつつも継続して運行。
・しだいに意識が朦朧となる。
・事故地点の交差点において、赤信号にもかかわらず車速約55km/hで進入。
・横断歩道を青信号に従い横断していた歩行者を次々にはねた。
・歩行者のうち、1名が死亡し、4名が重傷、1名が軽傷を負った。
・乗客は無傷であった。
・なお、同タクシーの運転者は、意識朦朧状態で病院に搬送され、「くも膜下出血」と診断された。
・その後、最後まで意識を回復することなく、約3ヵ月後の3月24日に転院先の病院で死亡した。
身体の異常を感じた場合にどうするか?の教育・訓練の難しさ
運行管理者からの聞き取り内容を抜粋します。
2.4.4.4 指導及び監督の実施状況
(1) 当該運行管理者の口述
・当該事業者では、平成13年12月に国土交通省が策定した「旅客自動車運送事業者が事業用自動車の運転者に対して行う指導及び監督の指針」に沿い、年間計画を立てて、計画的に指導・教育を実施している。
・毎月実施する指導・教育の内容は、まずは月末に管理職(専務取締役、統括運行管理者、整備管理者)と運転者の代表2名が集まり、「事故防止・安全衛生会議」 15 を開催し決定している。
・「事故防止・安全衛生会議」の後、全運転者向けの指導・教育の場として、明番会(毎月月末の朝に開催されるので、当該事業者ではこのように称している。以下同じ。)を開催し、「事故防止・安全衛生会議」で決定した内容を説明している。
・明番会を欠席した者に対しては、後日個別に説明している。 ・
・運行中に身体の異常を感じた場合の対応については、前々から、車を道路脇に止め、携帯電話か無線により会社に連絡するよう、口頭で説明していた。
・なお、当該事業者の「乗務員服務規律」には、「乗務員は、運行中に身体の異常を感じた場合には、速やかに安全な位置に停止し事故を回避するための処置を講じなければならない。」と規定されている。
・明番会は講話方式で進められ、運行中に身体の異常を感じるなどの事態を想定した訓練や小集団でのグループミーティングは実施していない。
・明番会において質問があればその場で受けるが、今は、コロナの関係で時間もかけられないため、質問がある者は後で当該運行管理者のところへ来るように伝えている。
・運行記録計の記録により、速度超過や休憩時間の不足等がある運転者を把握し、別途、指導・教育を実施している。
・ドライブレコーダーの記録やヒヤリハット体験を参考とした指導・教育は実施していない。
・国土交通省が策定した健康管理関係のマニュアルやガイドライン(付表参照)については、その存在は認識しているが、運転者の指導・教育には活用していない。
このような実態に対して、報告書では、「なぜ異常を感じていたはずのドライバーは、停止しなかったのか」について、本人というより、会社の社風の問題、運行管理者のスキルの問題・工夫の問題。として捉えているようです。
本事業者においては、運転者に対し、運行中に身体の異常を感じた場合には、速やかに安全な位置に停止し、携帯電話か無線により会社に連絡するよう、口頭で説明してきたとのことであるが、健康起因事故の防止について、当該運転者のみならず会社全体の関心が低かったため、乗客の輸送を優先し、運行が継続されたものと考えられる。
また、本事業者の「乗務員服務規律」には、「乗務員は、運行中に身体の異常を感じた場合には、速やかに安全な位置に停止する等事故を回避するための処置を講じなければならない。」と定めているものの、運転者から事業者への連絡方法や運行中止を実行するための具体的な手順等が定められていなかったことや、指導・教育において、当該教育の効果を高めるための工夫等が不足していたため、当該規定が実効性あるものとして機能しなかった可能性が考えられる。
自分の体調がおかしくなったことを体感的・体験的にシミュレーションできれば、とっさの行動につながる可能性があります。ですが、現状は座学や、「意識しよう」系の教育になりがちなのはしょうがないかもしれません。座学の工夫、演習の工夫、討議風にする等・・という程度が限界かもしれません・・。
衝突被害軽減ブレーキ
もっとも現実的な再発防止(予防安全)は、これかもしれません。報告書ではこのように指摘されています。
3.6.3 衝突被害軽減ブレーキを装備していた場合
2.8.3に記述したように、当該車両に当該装置が装備されていたとすると、本事故が昼間発生したとすれば、衝突直前の車速は約55km/hであったことから、装置の機能で少なくとも40km/hまで減速され、歩行者の被害が軽減又は防止できた可能性が考えられる。
なお、近年は自動車製作者の技術開発が進み夜間でも効果を発揮する車両が投入されている。 また、当該装置は、令和7年12月1日以降(新型車は、令和3年11月1日以降)に製作される新車について、保安基準が適用されるため、自動車製作者各社では順次対応している過程にある。
15km/hとはいえ、もし衝突が軽減されていれば、被害者の1名は命を落とさずに済んでいた可能性があります。
しかしながら、タクシー業界における衝突被害軽減ブレーキの導入は、まだまだのようです。報告書では、当該事故の企業と同規模のタクシー事業者と、大規模事業者に衝突被害軽減ブレーキの導入率を聞いたところ、以下の回答となっていました。
<中小規模事業者>
衝突被害軽減ブレーキ(令和4年10月末現在未認証)を装備した新車への代替えは、現時点(令和4年7月現在)で1割程度である。
<大規模事業者>
衝突被害軽減ブレーキ(令和4年10月末現在未認証)を装備した新車への代替えは、既に(令和4年7月現在)で9割程度まで進んでいる。
指導・教育は絶対に必要で法令通りの時間数は実施されるのでしょうが、学んだ通りのことを実践しようという意識の高さは定性的なものであり、いざというときに教育や服務規律通りのことが実践されるかどうかは、担保されずらい気がします。
それよりも、まずは安全装備のほうが現実的だと思いました。今回の報告書を読む限り。